思ったこと 日々の記録

戦争時の父親から妻と子供に宛てた手紙を読んだ

投稿日:2013年8月15日 更新日:


奥さんの実家にお邪魔しました。
お義父さんは70歳。
赤ちゃんの頃に戦争でお父さんを亡くしました。
お父さんは目が良かったということで、敵船や魚雷を監視する役目として海軍に徴兵されました。
亡くなったのも戦闘による戦艦の沈没によってのものだったとの事です。

軍服に身をつつみ銃を脇にかかえている写真がありました。
被っている帽子の帯には『横須賀海兵団』と書かれていました。
写真は海岸で訓練している物や、戦艦前で何百人が整列して撮っている物がありました。

父親から母親と子供(お義父さん)に宛てたハガキは7枚ありました。
消印を見ると昭和18年から昭和19年1月にかけて。
最初の方のハガキには、タバコやパイプを送って欲しいといった事や、誰々の住所を教えてほしいなどと

いう内容に、最後の方にはまだ赤ん坊のお義父さんを心配する内容が書かれていました。
他には海軍二等兵曹から一等兵曹に階級が上がる事も書かれていました。

後の方のハガキには面会の日時を伝える内容が書かれていました。
とても面会を待ち望んでいる内容でした。
1枚目
「19日のは会えそう」
2枚目
「19日の10時に三笠船?に来てくれ。でも12時まで待って来なかったら帰ってくれ」
3枚目、昭和19年1月12日消印のハガキ
「19日の9時半に来てくれ」
ただ4枚目の消印が15日のハガキには、
「面会に来てくれるな。異動になるため、横須賀にはいない」

前の3枚には会う事を切望している内容だったのに、約束日が来る前に会えなくなったと思える内容でした。
消印から推測するにそのハガキが最後のハガキでした。

「お国のために命を捧げる」
「覚悟をしてくれ」
「○○(お義父さんの名前)を人から笑われぬよう-」
それが最後のハガキになる事を覚悟している内容でした。
本や映画で見たり聞いたりした事のある言葉でしたが、実物で書かれているものから受ける重みが違いま

した。

終戦記念日の今日、戦争について改めて知る事になった出来事でした。


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